Cさん(女性、20代)の体験談大学に通いたい!
監修:藤田医科大学医学部 精神神経科学講座
准教授 趙 岳人 先生
患者さんの体験談は、患者さん個人の経験によるものです。
すべての患者さんが同様な経過をたどるわけではありません。
ご両親とお姉さんとの4人暮らし。
症状はかなり軽くなっていて、日常生活は大きな問題なく送れています。
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- ①発症時のエピソード
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Cさんが初めて統合失調症を発症したのは17歳、高校3年生の大学受験前でした。
ある日「何か、ガスが漏れたような変なにおいがする」と家族に訴えました。
しかし、くまなく調べてもガス漏れなどのような異臭のもとは見つかりませんでした。
そうこうするうちに、次第にCさんは幻聴なども訴えるようになります。ただ、Cさんを最も苦しめたのは不眠でした。
不眠をきっかけに母親と一緒に精神科を受診後入院し、統合失調症の薬で治療を始めました。
point!
統合失調症では「自分は病気じゃない。病院に行く必要もないし、お薬なんてとんでもない!」と強く思ってしまうことがあります。これらも症状のひとつなので、無理もありません。「病識が欠如している」などと医学用語でひとくくりに表現される時代もありましたが、症状に悩み苦しむ患者さんの心の中で起こっている体験そのものとして丁寧に扱われることが望まれます。怖がらずに、少し勇気を出して相談してみてください。
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- ②入院中~大学受験と療養生活(Cさん)
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Cさんは治療中、強い副作用に悩まされたのですが、大学受験をあきらめてはいませんでした。
主治医や志望大学と相談したところ、受験は可能との答えでした。そこでCさんは主治医に診断書を書いてもらい、大学に提出しました。
受験当日は入院している病院から大学へ向かい、別室で試験を受けることができました。
point!
お薬を出すことだけが主治医の役割ではありません。主治医は、診断書や意見書という書類を通じて学校や勤務先に「本人が病状によって困っているときには○○という配慮をお願いします」というメッセージをあなたに代わって伝える役割をもっています。どのような配慮が必要なのか、事前に学校や勤務先の担当者と打ち合わせのうえ、主治医とどのような配慮を依頼することができるかを相談しておくとよいでしょう。
夢は小説家になること、というCさんは見事、志望大学の文学部に合格。
ほどなく退院もし、近隣のクリニックでの通院治療とデイケアを始めました。
しかし、大学生活を4月にスタートすることはできませんでした。
「人が怖い」と感じるようになっていて、大学に通えなかったのです。
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- ③入院中~大学受験と療養生活(ご家族)
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ご家族は、入院中のCさんの病状から「大学受験なんてとても無理だ」と強く思い、それよりも、しっかりと身体を治して生活してほしいと考えていました。
特に、Cさんの母親は「自分の育て方が悪かったのでは」と、泣き崩れることもありました。
ただ、家族向けの心理教育を受け、病気の原因が育て方にはないことを知って落ち着きを取り戻しました。
point!
年頃の子どもが統合失調症になると、その親御さんは病気になったことの全責任を負うような気持ちになります。そう考えてしまうのは不思議なことではありません。しかし、統合失調症は育て方の問題で発症するわけではありません。病気や治療について正しい知識を身につけ、家族としてどのように接すればよいのかを理解するためにお勧めなのが、家族向けの心理教育です。ご家族の皆さんも、お困りのことがあればメディカルスタッフや公的機関・支援機関の職員に助けを求めてみてください。
Cさんが大学に合格したあとも、ご両親の心配は絶えません。
「無理をするくらいなら、大学を辞めてもよい」とまで思っていました。
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- ④人が怖い……でも大学に行きたい!
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Cさんの「大学に行きたい」という気持ちは日増しに強くなりました。
ご両親は、最終的にCさんの気持ちを尊重しました。
ただ、Cさんの「人が怖い」は変わりありません。
クリニックの先生に相談したところ、大学の保健センターの存在を知ることができ、ご両親と一緒に保健センターを訪問しました。
保健センターの医師と臨床心理士は、Cさんとご両親の悩みや希望に対して真摯に対応してくれました。
その後、一息つくために3人は大学の学生食堂(学食)へ。普段と違う安く美味しいランチが食べられて、Cさんは大満足でした。
point!
日本では、大学に限らず、あらゆる教育機関において障害を持つ人に対する学びの機会が法律(障害者基本法など)によって保障され、さまざまな支援体制が整えられています。障害の程度・病状・環境など一人ひとりの状況に応じた支援のあり方を「合理的配慮」といいます。合理的配慮を受けるためには本人(今回のケースではCさん)が申し出る必要があります。まずは、保健センターや保健室のメディカルスタッフ、または学生相談室の担当者を訪ねてみましょう。
再スタートを考えている人へ!
あなたが何かの目標に向けてスタートしようと思ったときに確認してほしいことがあります。
何かを始めるためには事前の準備が必要です。再スタートができる状態にあるかどうか、症状や治療についても確認をしてみましょう。
以下の2つの項目がクリアできているかどうかをチェックしましょう。
- 信頼できるメディカルスタッフや家族などのサポーターはいますか?
- 現在の治療に納得していますか?
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- ⑤大学へ通うという目標に向けて
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ステップ1
Cさんは、一人でクリニックに通院できます。
そこで、ご両親と行った大学の保健センターにも一人で行けるかを試してみて、結果、何とか行くことができました。
保健センターに行くことを、Cさんは「通院と似た感じだな」と思いました。
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ステップ2
Cさんは、次に一人で学食へ行ってみることにしました。
麺類なら、短い時間で食べられるから滞在時間が短くなると考えたのです。
結果、不安感はあったものの、学食を利用することができました。
また、同じように保健センターに通う人と友達になり、一緒に学食でランチをするようになりました。
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ステップ3
次に、講義の受講にチャレンジしようと決意したCさん。
そんなCさんに、大学側がチューターと呼ばれる担当の教職員を付けてくれました。
チューターから「参加できそうな講義から受講すればいいよ」と言われたCさんは、気楽な気持ちで講義を受けることができました。
また、講義に出るにつれ、仲間も少しずつ増えました。
その仲間から「Cさんが出席できなかった講義のノートは私のでよかったらシェアするね。私も出席できないときがあるから、そのときは一緒にシェア仲間を探そうね」と声をかけてもらえて、Cさんは心に余裕ができました。その後、実際に仲間から欠席した講義のノートをコピーさせてもらうことができ、少しずつ自信を持って学業に励むことができるようになりました。
Cさんは、アルバイトや大学のサークルなどにも興味がありました。
ただ、クリニックの医師やチューターからは「まず講義に出るところからやってみよう」と言われていました。
でも、Cさんはあきらめきれません。一度周囲の人たちに黙ってアルバイトをしてみたところ、仕事が想像以上にきつく辞めざるを得ませんでした。
この経験から、Cさんはまずは講義に出ることを最優先にしようと思い直しました。
point!
Cさんは、徐々に学生生活に慣れていきましたが、さまざまな人の支援の力が大きいことがわかります。ステップが進むごとに、支援者が増えていますね。困ったときは誰かに頼ることが重要です。
Cさんは若いので、いろいろな経験をしてみたいという気持ちはわかります。やってみて無理だとわかったことは大きな経験ですし、「無理は禁物」と割り切れたことも、生活するうえで大切なスキルです。
再スタートの目標設定をしようとしている人へ!
目標を設定しようと思ったときも、確認してほしいことがあります。
以下の項目が4つともクリアできていれば、よい目標といえます。チェックしてみてください。
- 現実的・具体的ですか?(Cさん:症状はかなり落ち着き、活力はあった)
- 小さな達成感がありますか?(Cさん:学ぶ喜び、友達ができる喜びがある)
- あなたが期待していることですか?(Cさん:好きな文学の勉強をする)
- 相談したことにより修正できることですか?(Cさん:興味があったアルバイトやサークルは後回しにして、講義出席に注力)
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ステップ4
Cさんは講義も無理のないように出席し続け、無事に卒業することができました。
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- ⑥そして未来へ……
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Cさんは大学卒業後、就職し家族も持ちました。
仕事は無理のない範囲で、しかしながら、きちんとこなしています。
いつか、小説を書いて世の中に発表できたらいいな、と思いながら。