Bさん(男性、50代)の体験談スマホを買いたい・ 使いこなしたい!
監修:藤田医科大学医学部 精神神経科学講座
准教授 趙 岳人 先生
患者さんの体験談は、患者さん個人の経験によるものです。
すべての患者さんが同様な経過をたどるわけではありません。
ずっと奥さんと暮らしていますが、最近は、里帰り出産で娘さん、そしてお孫さんが自宅にいます。
統合失調症の急性症状は20代の頃に複数回経験しており入院もしましたが、治療を受けたことで落ち着いています。
今、2週間に一度の通院は欠かしません。
Bさんは、奥さんと家事の分担を行っています(奥さんはフルタイムで働いています)。

-
- ①発症~統合失調症とわかったとき
-
Bさんはもともと会社勤め。20代初めに結婚しました。
子どもにも恵まれましたが、仕事は多忙を極めました。
そのうち、Bさんは「誰かが僕を監視している」、「自分の考えが周りに伝わっている」と訴えるようになりました。
周囲は、日に日に「どうもおかしい」と思うようになり、Bさんは母親と奥さんに連れられて精神科を受診、統合失調症と診断され入院しました。
Bさんは退院後、奥さんと娘さんと3人で暮らしていましたが、人付き合いが怖い、意欲が続かないといったことから仕事ができなくなりました。
Bさんは、奥さんと娘さんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
point!
統合失調症を発症したあとは、症状はもちろん、自信をなくすことなどが原因で仕事などそれまでできていたことができなくなってしまうこともあります。
ただ、Bさんが発症した30年程前と異なり、最近では支援制度や福祉のサポートが充実しています。
以前に比べ、就労を含めた社会参加のハードルは低くなっています。
-
- ②自宅での療養生活(Bさん)
-
-
奥さんと家事分担したこと(料理や洗濯)は問題なくできていました。
しかし、自分から新しいことに取り組むことはなかなかできませんでした。
-
Bさんは精神科クリニックのデイケアに通い続けています。
ソーシャルスキル・トレーニング(SST)で今も人付き合いなどの訓練を受けています。
例えば「訪問販売の人が突然家に来たらどうするか」「『しんどい』ことを、どう周囲に伝えるか」など、日常的によくある場面を設定し、コミュニケーションを学んでいます。
SSTの中で失敗もしてしまいますが、「そこから学ぶことも多いな」と感じています。
-
Bさんは発症からの期間が長いので、自立支援サービス、精神障害者保健福祉手帳、障害年金を受けています。
年金が受給できるようになって生活が落ち着きました。
-
Bさんの相談相手は主に奥さんです。最近は里帰り出産で家にいる娘さんも相談に乗ってくれます。ご家族と同じくらいよいアドバイスをしてくれるのは、デイケアで会う人々やソーシャルワーカーです。
point!
さまざまな治療はもちろん大切ですが、安心して治療を進められるように生活を安定させることも大切です。自立支援医療・精神障害者保健福祉手帳・障害年金などの社会支援制度をソーシャルワーカーなどにも相談しながら活用しましょう。
また、デイケアは社会参加のトレーニングをする場でもあり、当事者同士やソーシャルワーカーなどの専門職との情報共有・意見交換の場でもあります。体験参加をおこなっているデイケアもありますので、まずは気軽に見学してみてはいかがでしょうか。
-
-
- ③自宅での療養生活(ご家族)
-
ご家族は、SSTで頑張るBさんを「よく頑張っているな」という気持ちで見守っています。
また、「多くの人と過ごしていろいろ教えてもらっている。とてもよいことだな」とも感じていました。
point!
社会参加をする、ということは「独りで」あるいは「家族だけで」何とかしなければならないわけではありません。「困っているので助けてほしいです」と声をあげることが社会参加の第一歩なのかもしれません。医療機関や相談機関・地域の福祉担当窓口を通じて、利用できる制度やサービスを総動員し、暮らしと命を守ることをみんなで考えましょう。どの制度を利用し、どのサービスを受けるのか……具体的な診断書・指示書の作成については、主治医またはケースワーカーにご相談ください。
きっと糸口が見えてきます。
-
- ④奥さんがスマートフォンをいじっていたら……「使ってみたい!」
-
ある日、奥さんと娘さんがスマートフォン(スマホ)でお孫さんの写真を撮っていると、Bさんが「僕もそういうこと、やってみたい」と言いました。
奥さんはとても驚きました。
物事に対して意欲的になることは今まであまりなかったからです。
「長年かかって、このように意欲がわくこともあるのか」と思ったそうです。
Bさんは感情を表に出すタイプではありません。娘さんは「孫を思ってくれていたんだ」と喜び、ヘルプを買って出ました。「YouTubeの動画を見ながら料理をしよう!」と提案したのも娘さんです。
奥さんはスマホを使い始めることで問題が起こるのではないかと少し懸念がありました。そこで、「デイケアで一緒になるみなさんにも相談してみたら?」と提案しました。実は、以前にデイケアで講座を開いていたのです。
point!
デイケアでは、今回の「スマートフォン講座」のように、日常生活に直接つながるようなことも教えてくれます。ご興味をお持ちでしたら、一度医療機関などで相談してみてはいかがでしょうか。
再スタートを考えている人へ!
あなたが何かの目標に向けてスタートしようと思ったときに確認してほしいことがあります。
何かを始めるためには事前の準備が必要です。再スタートができる状態にあるかどうか、症状や治療についても確認をしてみましょう。
以下の2つの項目がクリアできているかどうかをチェックしましょう。
- 信頼できるメディカルスタッフや家族などのサポーターはいますか?
- 現在の治療に納得していますか?
-
- ⑤スマホを購入し、使いこなすという目標に向けて
-
-
ステップ1
まずBさんは、スマホを手に入れるためにどれくらいお金がかかるかを調べてみました。
すると、仕事をしていないBさんにとっては負担に感じる金額でした。
-
ステップ2
次にBさんは、クリニックのデイケアでスマホについて情報収集をしてみました。
すると、「みんな使っているんだから、大丈夫よ!」、「簡単だから問題ない」と前向きな人もいれば、「でも、お金がねえ……」、「俺はスマホなんて必要ないから」などと言う人もいて、仲間の意見はバラバラ。
Bさんがソーシャルワーカーに話を聞いてみたところ、携帯基本料金の割引制度を教えてもらえました。
ただ、得られた情報が多くて、Bさんはどうするべきか悩んでしまいました。
point!
情報が多くて悩むことは、悪いことではありません。情報を得て整理する作業は、社会参加に向けたひとつのステップともいえます。ちなみに、障害者手帳を取得すると各種通信料・受信料・利用料・運賃の減免など、さまざまな障害者向けサービスを受けることができます。受けられるサービスは自治体や等級によって異なる場合がありますので、ソーシャルワーカーなど、利用できる制度に詳しい人に聞いて、有効に活用しましょう。
-
ステップ3
Bさんはもともとお金をあまり使いたくないと思っていて、奥さんからも「ローンはダメ。堅実に」と言われていました。
どうすべきか思案していたところ、娘さんが自分のタブレット端末を持ってきて「まずこれに慣れてからスマホを買う……でもいいんじゃない?焦って高いスマホを買う必要はないよ」と言いました。確かに、家の中だけであればタブレットでも十分です。
point!
最初に考えていたことから方針転換することも、日常生活ではよくあることです。また、方針転換は決して悪いことではなく、変えてよかったとなることも往々にしてあります。Bさんの場合もしかり。「スマホを購入する」か「スマホをあきらめる」か、2つに1つと思い込みがちであったBさんの目の前に、娘さんの「手持ちのタブレットに慣れてから購入するかどうか考える」という第3の道が示されました。独りよがりにならずに家族みんなで話し合った甲斐がありました。
再スタートの目標設定をしようとしている人へ!
目標を設定しようと思ったときも、確認してほしいことがあります。
以下の項目が4つともクリアできていれば、よい目標といえます。チェックしてみてください。
- 現実的・具体的ですか?(Bさん:デイケアの仲間から、前向きな意見あり)
- 小さな達成感がありますか?(Bさん:娘さんと料理が作れる)
- あなたが期待していることですか?(Bさん:お孫さんの写真を撮る、ご家族と連絡を取る)
- 相談したことにより修正できることですか?(Bさん:しばらくはタブレットに慣れてみて、そのあとで購入を検討)
-
-
- ⑥そして未来へ……
-
いまBさんはタブレットで、娘さんと作るお昼ご飯のレシピを検索しています。
もう少しタブレットに慣れたら携帯電話のショップに行ってみようかな……と頭の片隅で思いながら。