ご家族や周囲の方の接し方

イラスト:患者さんをあたたかく見守る家族と周囲の人々

精神疾患に対する社会の偏見は根強く、とりわけ統合失調症は「何をするかわからない病気」「不気味な病気」といった根拠のないレッテルが貼られることがあり、いわれなき偏見がつきまとうことがあります。こうした偏見は一般の人だけではなく、統合失調症の人を抱える家族にもあてはまります。その為、家族は世間体を気にして病気を隠そうとしますが、統合失調症からの回復を考える上で、このような対応はマイナスにしかなりません。
家族が病気を隠すこと自体が病気を受け入れていない証拠ともいえ、そのことで本人は自分の存在自体が否定されたかのような感情を抱き、孤立感を高める結果になってしまいます。
もちろん、このような家族の対応はある意味で無理からぬ反応ともいえます。もとをただせば、偏見を生み出している世間一般の理解のなさに起因するものですから、社会全体の問題として捉えなくてはなりません。いわれなき偏見によって本人、家族はさまざまな不利益を被るなど、統合失調症だけではなく偏見との闘いも余儀なくされているのです。本人、家族が当たり前の生活を取り戻すためにも、社会全体において統合失調症の理解が深められ、偏見をなくしていく不断の努力がなされる必要があります。

家族が病気を受け入れることが最初の一歩

イラスト:家族のサポートにより回復へ向かう患者さん

かつてに比べれば症状をコントロールできるようになったとはいえ、統合失調症は大変な病気であることに変わりはありません。病気に対する社会の偏見は依然として根強く、家族が統合失調症にかかってしまったという現実は受け入れがたいことでしょう。家族の多くは、病気を受容することができず、常にそれを否定し、まるでそんな病気が存在しないかのようにふるまい続けます。こうした一連の反応はある意味で病気を受け入れるまでのやむを得ない過程ともいえますが、そこからは何の解決も生まれてきません。つらくとも病気に背を向けずに正面から受け止めないかぎり、何も進まないのです。病気を受け入れるということは決してあきらめるということではなく、病気は現実であり、病気とともに歩んでいくことを決意することと言い換えることができます。そこから、病気とともに歩んでいくためにはどうしたらよいのかという解決に向けた模索がはじまります。患者さん本人にとってもその道のりは決して平坦なものではありません。だからこそ、統合失調症からの回復には家族のサポートが不可欠なのです。家族が統合失調症を受け入れること─これが統合失調症からの回復に向けた最初の一歩になります。

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統合失調症の人に共通した気質と行動特性を理解する

統合失調症の人を理解するうえで大切なことは、病気そのものについての知識を得ることはもちろんですが、病気の為に生じる本人の気質と行動特性についても知っておくことです。家族・周囲の人たちがこうした気質と行動特性を理解することで、適切な対応がとれるようになり、本人の生きづらさを軽減することにつながります。

適度に休むことができず、疲れやすい

イラスト:適度に休むことができず、緊張状態で全力で取り組んでいる様子

もともと病気の症状としての疲れやすさに加えて、適度に休むことがうまくできないため疲れが溜まりやすい傾向にあります。普通の人であればすぐに慣れて適度に力を抜くことができるようなことも、当事者の方は臨機応変に対応することが苦手ですから、休んだりくつろぐことができず、常に緊張状態を強いられてしまいます。一見、ぼんやりとしたようにみえても、実は内面的にはかなり高い緊張状態にあることが少なくありません。このような緊張状態が四六時中続くため、心身ともに疲労を蓄積させてしまいます。

状況の把握が苦手で、臨機応変な対応が難しい

状況の把握が苦手なために、融通がきかず、場にふさわしい態度や行動がとりにくくなります。物事を杓子定規にしかとらえられず、変化を嫌い固定化した行動パターンを守り続けようとするため、周囲には頑なな印象を与えます。そのときどきの場面にふさわしい態度がとれず、ときに場違いな言動をとってしまうのは融通性のなさに通じます。また、名目や世間体をひどく気にしたり、外面的な形式にこだわったりすることもみられる場合がありますが、このような気質も病気の行動特性を反映しているといえます。

イラスト:ホテルの清掃担当。客室を10時から掃除するよう上司から指示され、「Don't Disturb」の札がドアにかかっているのに掃除しようとしてしまう様子
  • 例:ホテルの掃除担当。客室を10時から清掃するよう指示されています。「Don't Disturb(起さないでください)」の札がドアにかかっていても、入って掃除をしようとしてしまう。このような時には、本人が戸惑う「想定外」を周りが予測し、細かく指示します。

状況の変化にもろく、課題に直面すると混乱してしまう

新しい物事に対する状況判断や決断力に乏しいため、問題解決を必要とするような状況の変化に対応することができません。状況の変化が急激であったり、課題に直面するとひどく混乱します。この為、新しい状況や環境に慣れるのにひどく時間がかかるため、生活面で環境が変わることが苦手です。また、物事の段取りをつけるのが不得意であるため2つのことを同時併行で行うことができず、いくつかの頼まれごとがあるとどう対応すればよいのかわからなくなり、パニック状態になることがあります。

イラスト:2つの仕事を同時に指示されてパニックになっている様子
  • 例:2つの指示を1度に行うとパニックになってしまうことがあります。周りの方が指示を出す時は、1つずつ確認しながら出します。

過去の経験に照らして行動できず、同じ失敗を繰り返しやすい

イラスト:同じ失敗を繰り返している様子

当事者の方は過去の体験から得られた知識や教訓を経験として自分のものにすることがひどく苦手であるため、同じような体験をしていてもそれを経験として生かすことができず、同じ失敗を何度も繰り返しやすいという傾向がみられます。この為、同じようなことでも1から教えなおさなければならないといったことも起こってきます。また、焦って先走りやすいという気質が短絡的な行動につながり、失敗の繰り返しに結びつきやすいといえます。

方便としての嘘をつくことができず、断れない

イラスト:上司からの頼みを断れずに引き受けている様子

対人関係において「オモテ」と「ウラ」を使い分けることができないため、方便としての嘘や婉曲的な言い回しで適当にあしらうことができません。この為他人から何か頼まれ、それが無理とわかっていてもうまく断ることができずに引き受けてしまいます。周囲には実直でお人よしと映りますが、当事者の方とっては断る術がわからないだけで、自分の能力以上のことを引き受けてしまうこともあり、心身ともに疲れ果ててしまいます。冗談が通じず、堅く生真面目な性格もこれに通じるところがあります。

自己像がひどくあいまいで、受動的な態度が目立つ

自己像がひどくあいまいで自分というものがなく、他人の意思に左右されやすい、あるいはすべて他人任せにする傾向があります。あいまいな自己像が現実検討力の低さと結びつくと非現実的なうぬぼれや高望みとなり、逆に自己評価の低さに結びつくと現実の自分の価値に頼ることをあきらめてすべてが他人任せの受動的態度が目立ってきます。ときに頑なな態度がみられることがありますが、これは自己主張をしているというよりは、自己像があいまいであるために他人の意思に左右されないよう拒絶するという防衛的な反応ととらえることができます。

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生活のしづらさを理解して、本人ができることをサポートする

イラスト:友人と笑い合う患者さん

統合失調症になっても病気はあくまでも本人の一部分にしかすぎません。大切なことは病気によって生じた生活のしづらさを正しく把握して、本人が無理なくできることを理解しサポートしていくことです。

本人と病気をわけて考える

当然のことですが、本人は病気の為に障害されている部分と正常な心の部分とを併せもっています。一般的な身体疾患の場合には病気の部分と健康的な部分を分けて考えやすいのですが、精神疾患の場合にはその人自身がすべて病んでいるかのように考えられがちです。でも、病気の部分は本人の一部分にしかすぎません。本人のすべてを病気と思い込んでいると、病気の為に生じていることを本人の性格のゆがみからきていると勘違いしたり、病気だから何もできないと決めつけて過干渉や過保護になってしまいます。大切なことは、本人の正常な部分と病気の部分をきちんと区別することで、それによってどの部分をサポートすればよいのかがわかり、適切な対応がとれるようになります。

生活のしづらさを理解する

身体に障害を抱えている場合には生活のしづらさというのが一見してわかりますが、精神疾患の場合の生活のしづらさはなかなか理解されません。その為、家族や周囲はともすると「病気になるまえにできていたことができなくなった」ことに対して目を向けてしまいがちですが、病気によって障害されている部分を見極めて、生活のしづらさを理解する必要があります。とかく回復期になると家族や周囲は病気になる前の状態に戻ることを期待して、同じレベルを求める傾向にありますが、そのことが逆に本人にとって大きな負担となることがあります。本人の生活のしづらさをきちんと理解して、本人が無理なくできるレベルを把握することが大切になってきます。

身の回りのことを自分でできるようにサポートする

生活のしづらさを理解し、無理なくできるレベルを把握できるようになったならば、本人ができることはなるべく自分でするようにしていくことが大切です。ともすると家族は過保護になって世話を焼きすぎる傾向にありますが、本人ができることまで手を貸していると世話をしてもらうことが当たり前になっていきます。統合失調症は社会・生活機能が低下する病気ですから、回復の過程においてこれらの身の回りのことを自分ですることが治療につながっていきます。病気が治ってから自立的生活を考えるのではなく、病気の回復過程から自立を目指すという考え方が大切なのです。